企業法務における弁護士の醍醐味とは~大手事務所のパートナーとして思うこと 講師:尾本太郎氏

さまざまな企業活動を法律知識によって支える企業法務。尾本太郎さんは、大手法律事務所に入所後、企業法務一筋で弁護士業務を続けてこられました。企業法務の中でも、ファイナンス、M&A、金融規制法といった分野を中心に企業へのアドバイスを手がける尾本さんが思う弁護士の醍醐味とは? そして、弁護士法第1条に書かれた「弁護士の使命」を実現するには、どのように成長していけばよいのか? 20年間にわたる企業法務弁護士としての経験をまじえてお話しいただきました。[2020年9月26日(土)@渋谷本校]

依頼者のために全力を尽くす

 私は2000年に弁護士登録をして以降、2年間の留学と出向の期間を除いて、ずっと企業法務一筋でやってきました。私が所属しているのは、国内で「四大法律事務所」と呼ばれる大規模事務所のひとつ、森・濱田松本法律事務所(MHM)です。
 今日は、企業法務における弁護士の醍醐味と、企業法務弁護士になったときにどのように成長していくべきか、ちょっと偉そうに言ってしまいましたが、これまでの私の経験を踏まえてお話をできたらと思います。
 私が取り組んでいる仕事の分野は、主にファイナンス、M&A、金融規制法です。
 その中でも、私が最も多く携わっているのはファイナンスの取引の仕事で、具体的には、上場会社の株式による資金調達に関するキャピタル・マーケッツ、不動産・航空機・太陽光パネルといった資産をベースにしたアセット・ファイナンス、不動産投資法人(J-REIT)などのアドバイスを手がけています。その他には、金融機関の仕事も多いです。メガバンクの戦略立案のお手伝いや、M&Aの相談を受けて、金融規制その他の観点からアドバイスをしたりしています。
 企業法務弁護士とひと言で言っても、仕事の種類はいろいろありまして、中には紛争、倒産、組織再編、事業再生などに関わる仕事もあります。私がやっているのは、取引に関する仕事が多いので、トランザクション・ローヤーと呼ばれることもあります。企業法務にかぎらず弁護士の仕事はどんな分野でも、共通点は依頼者のために全力を尽くすということです。その上で、上記のように、実に様々なタイプの仕事があるのです。ですから、クライアントのために頑張る、人のために頑張ることが好きならば、どんなタイプの人でも自分に向いた分野が見つかりますし、弁護士としていい仕事ができると思います。
 さて、企業法務というと、民事、刑事などと比べると、論理的に正しいかどうかがすべてで、人間味のないドライな仕事だと思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、それは大いなる誤解です。相談に来られるのは、会社を背負っている担当者であり、時に個人的な思いも抱えた生身の人間です。そうした依頼者のために我々は仕事をするわけですから、人間力が問われますし、ウェットな世界だということを知っていただきたいと思います。
 弁護士法第1条には、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と書かれています。これはすべての弁護士の使命、目的、原点であります。企業法務弁護士も、依頼者と向き合う中で、第1条に従ってこの使命をいかに実現していくかが大前提になります。そういう意味では、民事、刑事の訴訟弁護士も、企業法務弁護士も、仕事の本質は何ら変わりはないのです。

「将来有望な弁護士」にとって大事なのは熱意

 弁護士の使命は「基本的人権の擁護」と「社会正義の実現」ですから、企業法務においては、その使命をどのようにして達成していけばよいのか。このことを念頭に置いて、企業法務弁護士として成長していくための道筋をお話ししたいと思います。
 ステップは4つ。「将来有望な弁護士」と「職人としての弁護士」と「番人としての弁護士」と「守護神としての弁護士」の4段階です。
 最初は「将来有望な弁護士」。これは新人弁護士です。ここで大切なのは熱意です。1年目の弁護士は私自身もそうでしたが、「依頼者の言っていることがわからない」ということが往々にして起こります。複雑な案件については、依頼者のほうが圧倒的に知識があるからです。
 この段階では、わからないことは調べる、先輩に聞くということをやり続けるしかありません。失敗もあるでしょう。私も失敗をしたことがあります。クライアントにおそるおそるお詫びの電話をしました。そうしたら、クライアントは「徹夜続きで先生も大変だったからね」とおっしゃって私を責めませんでした。その言葉を聞いて、涙が出たのを思い出します。
 当時、この案件は実務上、新規性の高い案件だったので、スキームを練り上げながら必死で取り組んでいました。私ももがきながら一生懸命やっていたので、クライアントもその姿を見ていてくださったのでしょう。
 ここで言いたいのは、熱意があれば、失敗もある程度はカバーできるということです。ですから、新人のうちはとにかく依頼者のために頑張ることを心がけてほしいと思います。

「職人としての弁護士」に必要な知識と言葉の力

 こうして新人のときに熱意を持ってやっていると、知識が身についてきて、気がつくと「職人としての弁護士」のステップに移行していると思います。
 このステップで大事なことの一つに、言葉の力、ドキュメンテーション能力があります。メールや意見書、契約書、準備書面など、弁護士がつくる書類はたくさんあります。弁護士は、言葉の力を高める必要があります。依頼者は忙しい方ばかりなので、正確に短い言葉で伝える。そして受け入れられる言葉で伝えることも大事です。
 例えば、クライアントからの相談は、メールでやりとりすることも多く、わからないことはわからないと書かなくてはいけません。正確に伝えるためには、微妙なニュアンスも文章できちんと伝えなくてはいけないのです。相手が理解し、受け入れて消化できるように伝えることが大事だと思います。

「番人としての弁護士」が問われる判断力

 企業法務弁護士となって、新人の「将来有望な弁護士」から「職人としての弁護士」へのステップを上がると、判断力がだんだん身についてきます。それが次のステップとなる「番人としての弁護士」です。
 判断力というのは、「あれ、この案件、何かおかしいんじゃないか、まずいんじゃないか」と気づくセンスと言っていいと思います。企業取引ではリスクはつきものです。そのときに、とっていいリスクと、とってはいけないリスクを見分ける力は、企業法務弁護士の大事な素養のひとつになってきます。
 私が携わっているキャピタル・マーケッツの分野で言うと、開示はとても重要で、そこに虚偽の記載や、誤解を生む記載、記載漏れがあれば大問題になります。しかし他方で、時にクライアントから「そこまで書かなければいけないんですか?」と聞かれることもあります。
 私がアドバイスをしたある案件では、資金調達のためのディスクロージャーについて、クライアントと喧々囂々の議論をしています。投資判断に重要な情報が書き漏れていてはだめなので「ここまでは絶対に出してください」とお伝えしました。
 リスクを見極めるのは大変難しいのですが、そうした判断力は「番人としての弁護士」のセンスが問われるところだと思います。大事なのは独善にならないこと。このことを自戒しつつ、クライアントの意向を汲みとった上で、思い切った助言をすることが大切です。

企業法務弁護士がめざすべき最終的な到達点とは

 さて、このように「将来有望な弁護士」「職人としての弁護士」「番人としての弁護士」とステップを上がって、最後に到達するのが「守護神としての弁護士」です。
 この段階になると、クライアントから全人格的信頼を寄せられます。「熱意があるから」とか「知識が豊富だから」とか「判断力が優れているから」とかではなく、「あなただから頼みます」となってきます。
 私のメンターだった同じ事務所の尊敬する先輩弁護士はよく、ある著名企業の経営陣から相談を受けていました。法務に限らず「こういう問題があるんだけど、どう思う?」と聞かれていました。企業法務弁護士になったら、めざすべき到達点はここではないかと思います。依頼者から全面的に信頼されていると実感できれば、弁護士冥利に尽きます。そして、それこそが弁護士の醍醐味です。
 この段階まで行き着けば、クライアントは弁護士の助言を積極的に尊重しようと思ってくれると思います。そうすると、最初にお話しした、弁護士の使命「基本的人権の擁護」と「社会正義の実現」につながるわけです。
 また、企業は常に新しいことにチャレンジしようとしています。新規のファイナンスの相談も多くいただいて、議論をしながら新しいスキームをつくることもしています。法律にはっきり書いていないことも多いです。そのときに「ここまではやってもいいけれど、これはやってはいけませんよ」という弁護士のアドバイスは、信頼関係があれば聞いてもらえますし、あの先生が言っているのだから踏み出してみよう、と企業も安心して一歩前に進むことができるでしょう。それによって、健全な金融取引商品を生み出すことができるのです。
 企業法務弁護士となって20年がたちますが、ひしひしと感じるのは、クライアントにアドバイスを採用してもらうには信頼してもらわないといけないということです。依頼者の全面的な信頼があってこそ、我々は「基本的人権の擁護」と「社会正義の実現」に資することができるわけです。
 私も、いつか「守護神としての弁護士」を地で行く先輩弁護士のようになりたいと思って、仕事をしています。これから企業法務の道に進む方も、ぜひクライアントからの全人格的信頼を得るところをめざしていただきたいと願っています。とてもやりがいのある仕事だと思います。頑張ってください。

森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士。1997年、大学在学中に司法試験合格。1999年、慶応義塾大学法学部法律学科卒業。2000年、弁護士登録、濱田松本法律事務所(現・森・濱田松本法律事務所)入所。2005年、ハーバード大学ロースクール卒業(LL.M.)(International Finance専攻)。同年、Slaughter & May ロンドンオフィス。2009年、森・濱田松本法律事務所パートナーとなり、現在に至る。2016年から慶応義塾大学法科大学院非常勤講師(企業法ワークショップ・プログラム(ファイナンス・M&A)担当)。著書・論文は「インフラファンド市場への上場に係る実務上の留意点」(旬刊商事法務No.2105 2016年、共著)、『不動産投資法人(Jリート)設立と上場の手引き[第3版]』(不動産証券化協会 2016年、共著)、『投資信託・投資法人の法務』(商事法務 2016年、共著)他、多数。